- 2008年10月29日 10:59
- こぼれ話
じゃがいもが少しにたまねぎ、あとはなすびがゴロリ。
外見はくたびれ気味だけど大人味のスパイスも力を蓄えている。
結果はどうであれ、ありきたりな手軽さだけでは満足できない。
とたん、出番待ちの手羽先の先っぽとねぎの青い部分が脚光を浴びはじめ、インスタントコーヒーにバルサミコ、はちみつにウースターソースが脇を固める。
さっきまでごそごそと動いていた指が凍えそうになるのと引き換えに、早々と主役の不在を決めてしまった。
中途半端なぶれた配役では脇をも甘くしてしまう。
牽引力はないけれど、持ち味を生かした群像劇を丁寧に作り上げることにする。
手羽先の先っぽは生々しい癖が過ぎて扱いづらいけれど、ねぎの青い部分に手綱を預けながら、脇を固める華やかさにはさぞ目もほころぶことだろう。全体の流れを支えて貰いたい。
じゃがいもは小粒でも角が立つくらいの存在感が欲しい。こなれて丸くなった姿は自分好みではない。
たまねぎには二役演じてもらうことにする。
まずは時間をかけ、己が消えてなくなるまで存在感を消していただく。それは何もかも失いかけた限界の瞬間に生まれる無の凄みだ。後半は、透明感漂う熟練された技もお披露目する。
最後はなすび。一見地味で味気がないと思われがちだが、まわりを巻き込みながら成長していく力には目を見張るものがある。今回はその持ち味を生かし、思う存分吸収してとろけるような演技に期待した。
主役不在は確かに痛い。どう転ぶかわからないし、そもそも成り立たないかも知れない。
ただ、今まで世の主流は主役の寄せ集めだった。
それで成り立ち、それが成り立ちだと信じていた。どんどんプラスしていけばよりすばらしくなると。
主役の上に主役を重ね、重ね続けたあげくが今にたどり着いた。
脇役は主役に比べればきっと何かが足りない。比べればマイナスだ。
目の前でグツグツと音を立てる主役不在の鍋の中は、そんなマイナス同士でごちゃ混ぜだけど、それぞれの持ち味を出し合い、補い合い、マイナスとマイナスが掛け合わされてプラスになっている。
もう少しの間、やさしく煮込めば出来上がりです。
そう、これが、マイ・ナスカレー。
お後がよろしいかは抜きにしても、お味の方はよろしいように。
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